2020年04月26日

「主に鳥栖市民・みやき町民の方を対象にしたつぶやき。」

こんにちは。
今回は、佐賀県東部に向けてつぶやいてみます。

この“つぶやき”シリーズ。実は“本編”の準備も兼ねています。
次回からの第9話は「和親条約」というタイトルです。


――幕府は“通商”についての条約締結をひとまず回避しますが、この「和親条約」を転換点として、”鎖国”は崩れ、海外との交易は加速していきます。

佐賀藩陶磁器に限らず、“特産品”の開発に熱心でした。
幕末佐賀には、貿易に使える“切り札”が豊富にあったのです。

現在の県西部地域では、陶磁器伊万里有田)が代表格。
そして、県東部地域の産物では“ハゼ蝋”が威力を発揮しました。


――当時は「産業革命」が進展する時代、灯りの需要は高まっています。

ハゼの木は“ろうそく”や“ワックス”の原料となるため、現在の鳥栖市や、みやき町近辺で盛んに栽培されていました。

こうして、ハゼから作られた“白蝋”は、佐賀藩財政を潤し、西洋式の軍艦購入まで可能にします。外国との取引では「代金は“白蝋”で払ってくれればよい!」と高い価値が認められていました。

こうして佐賀藩による厳しい管理のもと、鳥栖みやきの“白蝋”は、有力な輸出品となっていきます。


――ところで“本編”で1番読まれている記事は、鳥栖からスタートしています。(参照:第2話「算盤大名」③-3

藩主就任直後、数え年で17歳だった殿鍋島直正佐賀に初めての“お国入り”をする場面です。ここで若き直正は、領民から熱いまなざし歓声で迎えられます。

直正は、地主に富が集中しないよう、徹底して規制を行いました。本百姓を重視した政策で、佐賀農業生産力は向上します。

お国入り”のときの、鳥栖農民たちの期待に応えたのです。

但し、武士農民町人を問わない、幕末の“佐賀藩”の基本スタンスとして「安定はしているけど、仕事には厳しい!」というところはあったかもしれません。


――先ほどの記事の舞台は、佐賀藩の最東端だった“轟木宿”です。

いまの九州新幹線新鳥栖」駅の近くのようですね。

現時点では、佐賀県唯一の新幹線の駅
時折、利用していました。シンプルですが素敵な駅です。
「主に鳥栖市民・みやき町民の方を対象にしたつぶやき。」

写真は開業まもない時期のものだったと思います。
本来ならば、今年も立ち寄っていたはずなのですが…現在、帰藩は自粛中です。


――ちなみに新鳥栖駅が開業する時に「とりこどん」という名物グルメが出来たと知りました。

鶏肉を使用する」というルール設定があるとのこと。
…しかしながら“親子丼”とは違うようです。

気になるところなので、新型コロナが終息したら、いずれ現地でも調べたいと思っています。

次回からは“本編”を再開する予定です。最初の場面は、ペリー来航直前に戻って、佐賀城下から始めようかな…と考えております。
外出自粛中の気分転換にでも、仕事の合間の息抜きにでも、お読みいただければ幸いです。


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Posted by SR at 18:03 | Comments(0) | 各地域の皆様へのつぶやき
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