2020年03月15日
第6話「鉄製大砲」⑥
こんにちは。前回の続きです。
舞台は、佐賀藩の砲術演習場の片隅からスタートします。
――火薬庫や部品を保管する倉庫で、ガサガサと音がする。
事務方の侍・田代が、火薬等の在庫の確認を行う。
「大隈さま、ちょうど良いところに。」
「田代どのか。ご苦労であるな。」と大隈が応じる。
「この“硝石”の仕入値は、何処を見ればわかりますか。」
「それは、長崎で仕入れた物だが…」
――田代は、原材料の仕入先や値段を調査し、製造・試験の工程そのものを検証していた。
「田代どの…もしや。」
「ええ、早晩“火術方”の資金は底をつきます。」
未知の領域に挑むため、佐賀藩の研究費はきわめて高額だった。
たとえ殿の命令でも、資金が不足となれば、藩内の保守派から風当たりは強まる。「お前たちが懐に入れているのではないか!」という目で見られるだろう。
――「鋳立方の七人」の七人目は、田代孫三郎。会計担当である。
「田代どの!やはり“数字”は大切でござるな!」
“算術”や“会計”に、やたらと感銘を受ける大隈信保。
大隈が好意的なので、田代も喜んでいる様子だ。
「ええ、先を見通すには、お金の回りを掴むことと心得ております。」
もともと田代は、長崎砲台の経費を削るために「倹約の鬼」として、勘定方に育成された。そして“蘭学の勘所(ポイント)”を抑え、冷たい視点で製造部門を見つめてきた。
今や“火術方”に引き抜かれた、田代。かえって製造・開発側の強い味方となったのである。
――舞台は、佐賀城下に戻る。
藩校に通う子どもたちが遊んでいる。しかし、徐々に雲行きがあやしくなり、喧嘩の予感が漂う。
「やい、八太郎!」
距離を取って、大隈八太郎が対立するグループのリーダー(通称:たかうじ)と向かい合う。
――ここで、八太郎は母の言葉を思い出す。
「いいですか!八太郎。喧嘩になりそうな時には、まず“お念仏”を十回唱えなさい!」
母との約束だ。八太郎は「なむ…なむ…」と、実に小声で念仏を唱えた。

――すると、樹の間をスーッと風が抜ける音がした。
ふと八太郎は、以前、母の読んでくれた「太平記」の一節を想い出す。戦の場面ではなかったので、あまり面白くなかった所だ。
以下、八太郎の回想(母・三井子の朗読)である。
~「太平記」より“正成の進言”~
――時は南北朝時代。
後醍醐天皇の軍勢は、一旦、足利尊氏を都から追い出した。
しかし、九州で力を盛り返した足利方は、再び都に攻め上る構えである。
――朝廷の会議の席である。
楠木正成が話を切り出す。
「武士たちは、足利尊氏を慕っております。」
帝の取り巻きの公家たちがどよめく。
「帝のご威光よりも、尊氏ごときを慕うと申すか!」
正成は続ける。
「ここは争いを避け、帝の臣下の列に、尊氏を戻すべきかと存じます。」
公家たちはさらに騒ぐ。
「尊氏と和睦しろと申すか!」
「楠木は、臆病者じゃ!」
戦の現実が見えていない公家たち。楠木正成に罵声を浴びせたのである。
~八太郎の回想の設定終了~
――サワサワと樹の枝が揺れる。
相手方が、やいやいと挑発してくる。
「八太郎!やるか!」
八太郎は、ビシッと一言を放った。
「いや、戦わない!」
相手は意表を突かれて、一瞬呆けたようになった。
「…お…おぅ、そうか。戦わないか…まぁ、いいだろう。」
――大隈家。父・信保が帰宅する。
「おう、八太郎!帰ったぞ。」
「父上!」
「今日は、傷を負うておらぬな!」
「はい。八太郎は争いませんでした!」
「そうか。八太郎も少し“お兄さん”になったな。偉いぞ。」
大隈信保、子・八太郎の両肩をポンポンと叩く。
八太郎は、少し照れて笑った。
(続く)
舞台は、佐賀藩の砲術演習場の片隅からスタートします。
――火薬庫や部品を保管する倉庫で、ガサガサと音がする。
事務方の侍・田代が、火薬等の在庫の確認を行う。
「大隈さま、ちょうど良いところに。」
「田代どのか。ご苦労であるな。」と大隈が応じる。
「この“硝石”の仕入値は、何処を見ればわかりますか。」
「それは、長崎で仕入れた物だが…」
――田代は、原材料の仕入先や値段を調査し、製造・試験の工程そのものを検証していた。
「田代どの…もしや。」
「ええ、早晩“火術方”の資金は底をつきます。」
未知の領域に挑むため、佐賀藩の研究費はきわめて高額だった。
たとえ殿の命令でも、資金が不足となれば、藩内の保守派から風当たりは強まる。「お前たちが懐に入れているのではないか!」という目で見られるだろう。
――「鋳立方の七人」の七人目は、田代孫三郎。会計担当である。
「田代どの!やはり“数字”は大切でござるな!」
“算術”や“会計”に、やたらと感銘を受ける大隈信保。
大隈が好意的なので、田代も喜んでいる様子だ。
「ええ、先を見通すには、お金の回りを掴むことと心得ております。」
もともと田代は、長崎砲台の経費を削るために「倹約の鬼」として、勘定方に育成された。そして“蘭学の勘所(ポイント)”を抑え、冷たい視点で製造部門を見つめてきた。
今や“火術方”に引き抜かれた、田代。かえって製造・開発側の強い味方となったのである。
――舞台は、佐賀城下に戻る。
藩校に通う子どもたちが遊んでいる。しかし、徐々に雲行きがあやしくなり、喧嘩の予感が漂う。
「やい、八太郎!」
距離を取って、大隈八太郎が対立するグループのリーダー(通称:たかうじ)と向かい合う。
――ここで、八太郎は母の言葉を思い出す。
「いいですか!八太郎。喧嘩になりそうな時には、まず“お念仏”を十回唱えなさい!」
母との約束だ。八太郎は「なむ…なむ…」と、実に小声で念仏を唱えた。
――すると、樹の間をスーッと風が抜ける音がした。
ふと八太郎は、以前、母の読んでくれた「太平記」の一節を想い出す。戦の場面ではなかったので、あまり面白くなかった所だ。
以下、八太郎の回想(母・三井子の朗読)である。
~「太平記」より“正成の進言”~
――時は南北朝時代。
後醍醐天皇の軍勢は、一旦、足利尊氏を都から追い出した。
しかし、九州で力を盛り返した足利方は、再び都に攻め上る構えである。
――朝廷の会議の席である。
楠木正成が話を切り出す。
「武士たちは、足利尊氏を慕っております。」
帝の取り巻きの公家たちがどよめく。
「帝のご威光よりも、尊氏ごときを慕うと申すか!」
正成は続ける。
「ここは争いを避け、帝の臣下の列に、尊氏を戻すべきかと存じます。」
公家たちはさらに騒ぐ。
「尊氏と和睦しろと申すか!」
「楠木は、臆病者じゃ!」
戦の現実が見えていない公家たち。楠木正成に罵声を浴びせたのである。
~八太郎の回想の設定終了~
――サワサワと樹の枝が揺れる。
相手方が、やいやいと挑発してくる。
「八太郎!やるか!」
八太郎は、ビシッと一言を放った。
「いや、戦わない!」
相手は意表を突かれて、一瞬呆けたようになった。
「…お…おぅ、そうか。戦わないか…まぁ、いいだろう。」
――大隈家。父・信保が帰宅する。
「おう、八太郎!帰ったぞ。」
「父上!」
「今日は、傷を負うておらぬな!」
「はい。八太郎は争いませんでした!」
「そうか。八太郎も少し“お兄さん”になったな。偉いぞ。」
大隈信保、子・八太郎の両肩をポンポンと叩く。
八太郎は、少し照れて笑った。
(続く)
Posted by SR at 15:05 | Comments(0) | 第6話「鉄製大砲」
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