2019年12月28日
「大隈重信」(賢人その7)<前編>
こんばんは。
暮れも押し迫り、“七賢人”人物紹介編シリーズも、最終章に入りました。
賢人その7として、大隈重信様をご紹介します。
設定年代ですが、前回の江藤新平編から、10年ほど経過しています。当時、大隈様は“明治十四年の政変”で政府を追放されていました。
舞台は明治の東京です。

――こんにちは。大隈先生はいらっしゃいますか!
「ここにおる。来客中であるが、特に気遣いはいらんぞ。」
――来客中とは聞きましたが、ご本人から許可があったので、失礼します。
「貴君か。江藤さんから聞いておった。次に私のところに来るとな。まさか10年後とは思わなんだが。」
…江藤様からお聞きになっていましたか。
――お客人、ご歓談中に失礼します。
「構いませんよ。」
――はじめまして…あっ、この人知ってる。“一万円札”だ!福沢諭吉だ!
「福沢です。どうぞお気遣いなく。」
「今、我々は、日本の教育がどうあるべきかを語り合っておるのだ。」
「然り。大隈先生と私は同志である。」
「私たちは、同志であるんである!!私も大学を創ろうと思う!!」
「ハッハッハ。いつもの“大隈節”でござるな。」
「福沢先生も“侍言葉”が抜けきれんのぅ。」
――そうだ!お二人は“令和”の日本をどう思われますか?
「私からでも良いですか?」
…おおっ、福沢先生。何か深いお言葉が聞けそうだ。
「紙幣の“絵柄”だが、あれはどうしても変えなければならぬのですか?」
…なんと“一万円札”の話題か!たしかに変わっちゃいますね。
「福沢先生!その質問は無しですよ。私なんか、まだ“絵柄”になってないんである。」
…大隈先生まで。実は、気にされてましたか。
通貨単位を“円”に定めた人が、なぜ“お札の顔に”なってないのか。

※大隈重信記念館
――先生方、もう少し真面目な感じでお願いします。
「真面目な話をするとな。未来のことゆえ、私が口を挟むことではないと思うておる。」
…大隈先生。やはり、そうですか。
「しかしな、これだけは言っておく。」
…お伺いします。今後、どう動いていくべきかもありますので。
「たぶん貴君は失敗する、…随分と失敗するだろう。」
…まぁ、そうですよね。無謀なチャレンジであると心得てはいます。
「でも失敗を恐れなさんな。貴君も何か思うところがあって、ここまで来たのであろう。思うままやればよい。」
――大隈先生。お言葉、確かに受け取りました。
「では、私たちは所用があり、外出する。これで失礼するが、貴君はゆっくりしていきたまえ。」
――ふと思い付いたように、大隈先生が口を開いた。
「例の“政党”の結党大会を考えているのだ。」
「大隈先生、ついに議会政治に打って出るのですね。」
…政府から去るのと引き換えに議会の開設を約束させたんだったな。
転んでもタダでは起きない大隈先生。
「少し流儀は違うが、議会による政治は江藤さんが志していたことでもある。」
「私は、未だにあの一件だけは納得がいきません。処罰の手続きも方法も“近代国家の恥”と考えている。」
…“佐賀戦争”(佐賀の乱)のことだ。福沢先生は、戦いが起きた原因も政府側にあると認識していた。
「福沢先生。お気遣いありがたい。しかし、その言葉は身を危うくする。公にはせぬことだ。」
…そうだ。この時点では、江藤新平は反乱を起こした“逆賊”扱いをされていて、公に語れなかったのだ。
その功績が語られて来なかったのは、この間の扱われ方が影響していたのか。
「そうだ!“政党”の大会には、わが“慶応”の講堂を使ってください。門下生にも手伝わせます。」
「おお!それはありがたい!」
「お気遣いなく。私たちは同志である!」
「同志であるんである!!」
…例によって、大隈先生らしい言い回しが出ているな。
――遠ざかっていく両先生の背中を見ていた。
福沢先生、今後とも大隈先生をよろしくお願いします。
暮れも押し迫り、“七賢人”人物紹介編シリーズも、最終章に入りました。
賢人その7として、大隈重信様をご紹介します。
設定年代ですが、前回の江藤新平編から、10年ほど経過しています。当時、大隈様は“明治十四年の政変”で政府を追放されていました。
舞台は明治の東京です。
――こんにちは。大隈先生はいらっしゃいますか!
「ここにおる。来客中であるが、特に気遣いはいらんぞ。」
――来客中とは聞きましたが、ご本人から許可があったので、失礼します。
「貴君か。江藤さんから聞いておった。次に私のところに来るとな。まさか10年後とは思わなんだが。」
…江藤様からお聞きになっていましたか。
――お客人、ご歓談中に失礼します。
「構いませんよ。」
――はじめまして…あっ、この人知ってる。“一万円札”だ!福沢諭吉だ!
「福沢です。どうぞお気遣いなく。」
「今、我々は、日本の教育がどうあるべきかを語り合っておるのだ。」
「然り。大隈先生と私は同志である。」
「私たちは、同志であるんである!!私も大学を創ろうと思う!!」
「ハッハッハ。いつもの“大隈節”でござるな。」
「福沢先生も“侍言葉”が抜けきれんのぅ。」
――そうだ!お二人は“令和”の日本をどう思われますか?
「私からでも良いですか?」
…おおっ、福沢先生。何か深いお言葉が聞けそうだ。
「紙幣の“絵柄”だが、あれはどうしても変えなければならぬのですか?」
…なんと“一万円札”の話題か!たしかに変わっちゃいますね。
「福沢先生!その質問は無しですよ。私なんか、まだ“絵柄”になってないんである。」
…大隈先生まで。実は、気にされてましたか。
通貨単位を“円”に定めた人が、なぜ“お札の顔に”なってないのか。

※大隈重信記念館
――先生方、もう少し真面目な感じでお願いします。
「真面目な話をするとな。未来のことゆえ、私が口を挟むことではないと思うておる。」
…大隈先生。やはり、そうですか。
「しかしな、これだけは言っておく。」
…お伺いします。今後、どう動いていくべきかもありますので。
「たぶん貴君は失敗する、…随分と失敗するだろう。」
…まぁ、そうですよね。無謀なチャレンジであると心得てはいます。
「でも失敗を恐れなさんな。貴君も何か思うところがあって、ここまで来たのであろう。思うままやればよい。」
――大隈先生。お言葉、確かに受け取りました。
「では、私たちは所用があり、外出する。これで失礼するが、貴君はゆっくりしていきたまえ。」
――ふと思い付いたように、大隈先生が口を開いた。
「例の“政党”の結党大会を考えているのだ。」
「大隈先生、ついに議会政治に打って出るのですね。」
…政府から去るのと引き換えに議会の開設を約束させたんだったな。
転んでもタダでは起きない大隈先生。
「少し流儀は違うが、議会による政治は江藤さんが志していたことでもある。」
「私は、未だにあの一件だけは納得がいきません。処罰の手続きも方法も“近代国家の恥”と考えている。」
…“佐賀戦争”(佐賀の乱)のことだ。福沢先生は、戦いが起きた原因も政府側にあると認識していた。
「福沢先生。お気遣いありがたい。しかし、その言葉は身を危うくする。公にはせぬことだ。」
…そうだ。この時点では、江藤新平は反乱を起こした“逆賊”扱いをされていて、公に語れなかったのだ。
その功績が語られて来なかったのは、この間の扱われ方が影響していたのか。
「そうだ!“政党”の大会には、わが“慶応”の講堂を使ってください。門下生にも手伝わせます。」
「おお!それはありがたい!」
「お気遣いなく。私たちは同志である!」
「同志であるんである!!」
…例によって、大隈先生らしい言い回しが出ているな。
――遠ざかっていく両先生の背中を見ていた。
福沢先生、今後とも大隈先生をよろしくお願いします。
Posted by SR at 19:53 | Comments(0) | 人物紹介編(C)
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