2022年03月28日
「年度末に“○○ロス”を語る。」
こんばんは。
学生や社会人、高齢者まで…おそらくは、何だか気ぜわしい年度末。花盛りは一瞬で、すぐに散ってしまう桜の姿にも急かされる気がします。
わかりやすくは、進級、進学、就職、転職、転勤。退職された方とて、年度末と無縁ではありません。
日常的に関わってきた人たちが、上記の事情で去りゆくこともあるでしょう。
――そんな別れの季節でもある春。
卒業する学生にとって春と言えば、いつもの場所でいつもの仲間と会っていた、青春の日々からの旅立ちの時でもあります。
また、自身は動かないけども、当たり前にあったはずの環境が変わることも。それらを軽妙に(?)表現する言葉を、しばらく前から聞くようになりました。
テレビ番組の終了やドラマの登場人物の退場、異性に人気のある芸能人の結婚などで使われ出した印象です。
私が最初に聞き始めたのは、2013年の秋でした。

――その言葉とは、「○○ロス」。
テレビでの代表例は、舞台となった東北のみならず、全国的に大ブームを巻き起こした2013年連続テレビ小説「あまちゃん」。
未だ地方創生や関係人口の話題とも結びつき、その存在感は続く作品です。
連続テレビ小説(朝ドラ)は半期に1度は、物語が変わる定めではあるものの、この時の世間の反応はすごかった。
――半年のうちに、視聴者が感じてきた“仲間意識”。
「ああ…もう、あの“北三陸”の人たちに会えないんだ…」
皆がそう思ったか「あまロス」という言葉が飛び交っていたことを記憶します。
親しみを感じていたドラマや定番番組の終了。当たり前にあったものが見られなくなるのは寂しいものです。
――有名人の結婚パターンで言えば…
あえて長崎出身と強調しますが、福山雅治さんの結婚の報に落胆する女性が数多くいたことを思い出します。
これは「福山ロス」あるいは「ましゃ(雅治)ロス」と表現されていたようです。
芸能人の結婚パターンの場合は、仕事(家事)が手に付かない、あるいは会社を早退する人が続出する…という“症状”を伴うことが多いようです。
その都度、飛び交うのは「○○ロス」という言葉。

――物語での登場人物の退場パターンも。
直近の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で言えば、主人公・北条義時〔演:小栗旬〕の兄・宗時〔演:片岡愛之助〕。
歴史上では父・北条時政〔演:坂東彌十郎〕や弟・義時に比べて、あまり知られていない人物のはず。実は私も存じ上げなかった。
序盤からゴリゴリの武闘派として強い印象を残した北条宗時。同番組を代表する“暗殺者”・善児〔演:梶原善〕からの不意打ちによる衝撃的な最期でした。
結果として、視聴者には強烈な「北条宗時ロス」が生じたようです。
――北条宗時を演じた、片岡愛之助さんの“役作り”が…
人気アニメ『鬼滅の刃』で壮絶な最期を遂げ、後輩である主人公たちに大きい影響を残す“炎柱・煉獄杏寿郎”をイメージしていたと話題になりました。
たしかに主人公・北条義時が、坂東武士のための政権を関東に作り上げると“立志”するところに強い影響を与えるなど、納得の表現でした。
――これからが本題です。私は“ロス”の話で、何を語りたかったか。
多くの人々が共感する「あまロス」「福山ロス」などの社会現象にもなるロス。
「北条宗時ロス」など物語の中に、強い影響を残して作品を形成していくロス。
年度替わりにありがちな、職場の“柱”の転勤など。関係者にしか響かないものの、当事者には切実な「○○さんロス」。

――私は、ブログを書く中で“ロス”に遭遇しました。
「幕末佐賀藩の大河ドラマ」をイメージした“本編”を書く中で、第17話に難所がありました。
わりと序盤から登場していた主要人物の最期を書かねばならなかったのです。この書き出しでわかる方は、もう私と同じ“作品”を視ているのかもしれません。
――幕末の佐賀藩士である、中野方蔵。
大木喬任・江藤新平の親友で、実現の10年くらい前に“大政奉還”をイメージできていたと考えられる人物。
計画どおりに江戸への留学を勝ち取るなど、佐賀の“義祭同盟”のメンバーの中でも要領の良い印象で、突出して行動力があったと思われます。
中野にとっては“次の時代”を見据えた動きで、他藩への人脈を築いていましたが、人とのつながりが豊富にあったことが“諸刃の剣”となりました。
〔参照:第17話「佐賀脱藩」⑯(つながりは諸刃の剣)〕
――“坂下門外の変”に連座して捕縛され、獄中で落命する。
第17話「佐賀脱藩」で描いた、中野方蔵の最期を調べると、概ねこの一行での説明が一般的でした。
私の拙い能力で、何とか“物語化”を図りました。その最後に救いの要素がほしくて、佐賀での仲間たちとの日々と、故郷の空を想い起こす…という話に。
〔参照:第17話「佐賀脱藩」⑱(青葉茂れる頃に)〕
――この顛末が、江藤新平が佐賀を脱藩した動機と言われます。
序盤から、とても描きやすかった中野方蔵。一番年下でしたが、親友2人より常に先を走っていた印象です。
厳然とした史実があるため、その最期を書きましたが、その後の脱力感が半端ではなかったです。これが、私が当ブログを続ける中で遭遇した“ロス”。
…言うなれば、「中野方蔵ロス」の一部始終でした。
一方で、「幕末佐賀藩の大河ドラマ」が実現した時には、全国の視聴者が、“ロス”を感じるほどに仕上げてほしい…というのが私の想いです。
学生や社会人、高齢者まで…おそらくは、何だか気ぜわしい年度末。花盛りは一瞬で、すぐに散ってしまう桜の姿にも急かされる気がします。
わかりやすくは、進級、進学、就職、転職、転勤。退職された方とて、年度末と無縁ではありません。
日常的に関わってきた人たちが、上記の事情で去りゆくこともあるでしょう。
――そんな別れの季節でもある春。
卒業する学生にとって春と言えば、いつもの場所でいつもの仲間と会っていた、青春の日々からの旅立ちの時でもあります。
また、自身は動かないけども、当たり前にあったはずの環境が変わることも。それらを軽妙に(?)表現する言葉を、しばらく前から聞くようになりました。
テレビ番組の終了やドラマの登場人物の退場、異性に人気のある芸能人の結婚などで使われ出した印象です。
私が最初に聞き始めたのは、2013年の秋でした。
――その言葉とは、「○○ロス」。
テレビでの代表例は、舞台となった東北のみならず、全国的に大ブームを巻き起こした2013年連続テレビ小説「あまちゃん」。
未だ地方創生や関係人口の話題とも結びつき、その存在感は続く作品です。
連続テレビ小説(朝ドラ)は半期に1度は、物語が変わる定めではあるものの、この時の世間の反応はすごかった。
――半年のうちに、視聴者が感じてきた“仲間意識”。
「ああ…もう、あの“北三陸”の人たちに会えないんだ…」
皆がそう思ったか「あまロス」という言葉が飛び交っていたことを記憶します。
親しみを感じていたドラマや定番番組の終了。当たり前にあったものが見られなくなるのは寂しいものです。
――有名人の結婚パターンで言えば…
あえて長崎出身と強調しますが、福山雅治さんの結婚の報に落胆する女性が数多くいたことを思い出します。
これは「福山ロス」あるいは「ましゃ(雅治)ロス」と表現されていたようです。
芸能人の結婚パターンの場合は、仕事(家事)が手に付かない、あるいは会社を早退する人が続出する…という“症状”を伴うことが多いようです。
その都度、飛び交うのは「○○ロス」という言葉。

――物語での登場人物の退場パターンも。
直近の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で言えば、主人公・北条義時〔演:小栗旬〕の兄・宗時〔演:片岡愛之助〕。
歴史上では父・北条時政〔演:坂東彌十郎〕や弟・義時に比べて、あまり知られていない人物のはず。実は私も存じ上げなかった。
序盤からゴリゴリの武闘派として強い印象を残した北条宗時。同番組を代表する“暗殺者”・善児〔演:梶原善〕からの不意打ちによる衝撃的な最期でした。
結果として、視聴者には強烈な「北条宗時ロス」が生じたようです。
――北条宗時を演じた、片岡愛之助さんの“役作り”が…
人気アニメ『鬼滅の刃』で壮絶な最期を遂げ、後輩である主人公たちに大きい影響を残す“炎柱・煉獄杏寿郎”をイメージしていたと話題になりました。
たしかに主人公・北条義時が、坂東武士のための政権を関東に作り上げると“立志”するところに強い影響を与えるなど、納得の表現でした。
――これからが本題です。私は“ロス”の話で、何を語りたかったか。
多くの人々が共感する「あまロス」「福山ロス」などの社会現象にもなるロス。
「北条宗時ロス」など物語の中に、強い影響を残して作品を形成していくロス。
年度替わりにありがちな、職場の“柱”の転勤など。関係者にしか響かないものの、当事者には切実な「○○さんロス」。
――私は、ブログを書く中で“ロス”に遭遇しました。
「幕末佐賀藩の大河ドラマ」をイメージした“本編”を書く中で、第17話に難所がありました。
わりと序盤から登場していた主要人物の最期を書かねばならなかったのです。この書き出しでわかる方は、もう私と同じ“作品”を視ているのかもしれません。
――幕末の佐賀藩士である、中野方蔵。
大木喬任・江藤新平の親友で、実現の10年くらい前に“大政奉還”をイメージできていたと考えられる人物。
計画どおりに江戸への留学を勝ち取るなど、佐賀の“義祭同盟”のメンバーの中でも要領の良い印象で、突出して行動力があったと思われます。
中野にとっては“次の時代”を見据えた動きで、他藩への人脈を築いていましたが、人とのつながりが豊富にあったことが“諸刃の剣”となりました。
〔参照:
――“坂下門外の変”に連座して捕縛され、獄中で落命する。
第17話「佐賀脱藩」で描いた、中野方蔵の最期を調べると、概ねこの一行での説明が一般的でした。
私の拙い能力で、何とか“物語化”を図りました。その最後に救いの要素がほしくて、佐賀での仲間たちとの日々と、故郷の空を想い起こす…という話に。
〔参照:
――この顛末が、江藤新平が佐賀を脱藩した動機と言われます。
序盤から、とても描きやすかった中野方蔵。一番年下でしたが、親友2人より常に先を走っていた印象です。
厳然とした史実があるため、その最期を書きましたが、その後の脱力感が半端ではなかったです。これが、私が当ブログを続ける中で遭遇した“ロス”。
…言うなれば、「中野方蔵ロス」の一部始終でした。
一方で、「幕末佐賀藩の大河ドラマ」が実現した時には、全国の視聴者が、“ロス”を感じるほどに仕上げてほしい…というのが私の想いです。
Posted by SR at 22:27 | Comments(0) | 佐賀への道
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