2021年09月07日
第16話「攘夷沸騰」⑭(多良海道の往還)
こんばんは。
体調の不良もあって、この頃、すでに隠居を準備していた殿・鍋島直正。真意は「自由に活動できる身分を求めた」からとも言われます。
直正が指名した佐賀藩士たちは、新しい学問・“英学”への道を突き進みます。しかし、長崎で彼らを待つのは、意外な指示でした。

――長崎街道を西へ。次いで海沿いに進む。
鹿島の肥前浜宿を抜け、現在では佐賀と長崎の県境にまたがる“多良海道”を進む一同。ほどよい有明の潮風が、くすぐったく頬を撫でる。
大隈八太郎(重信)は上機嫌だ。
「小出さん、先生の名は何と言いよったかね?」
「名は“フルベッキ”氏…とお聞きする。」
小出千之助が、先生となる人物について説明を続ける。
「生まれはオランダだが、アメリカで暮らしたゆえ“英語”を遣う。」
「そがんね!それは、楽しみばい。」
大隈のこの表情は、概ね予想どおりだ…小出も微笑んだ。

――少し、空気感が違う者も。同じ道を行く
無言で、ずっと難しい顔をしているのが、秀島藤之助。咸臨丸に乗り、アメリカへの往復を経てから、より忙しい日々を送っている。
〔参照:第14話「遣米使節」⑧(孤高のエンジニア)〕
技術者として“精錬方”と新型大砲の研究を進めるが、切羽詰まった印象だ。
「螺旋(らせん)を掘る“長さ”が問題なのか…」
歩きながらも“砲身”の金属をどう加工・調整するか、思案している様子だ。とても話しかけられる雰囲気ではない。
――他にも2人が同行している。
分岐のある長崎街道だが、接続する“多良海道”も山寄りと海沿いの道がある。佐賀藩内から出ることなく、長崎に向かう事ができる道は…何かと都合が良い。
蘭学寮から、海軍伝習でも一緒だった、石丸虎五郎(安世)と中牟田倉之助が、小声で話している。
「中牟田よ…、いまの秀島さんをどう思う。」
「ずっと“算術”ば、なさってますね。」
「アメリカに渡ってから、この様子と聞く。“洋行”は人を変えるのだろうか。」
「海の向こう側で、何を見られたかですな。」
秀島のやや尋常ではない様子が気になる、石丸の方が年上だ。算術が得意な中牟田は、大隈と同年代だが、淡々と答える様が落ち着いている。

――“多良海道”の西側・諫早を経て、長崎も目前となった時。
身なりのしっかりした乗馬の侍が近寄る。長崎からの伝令だという。
「海軍伝習を経た者は、長崎に着き次第、直ちに仕度をしてほしい。」
伝令役となったのは、現在は長崎県である“諫早領”の佐賀藩士だ。長崎港を守る役目に深い関わりがある。
「ここに秀島、石丸…それに中牟田まで居るとは幸いだ。」
3名の海軍伝習での活躍ぶりを知るのか、伝令役は安堵の表情だ。
「御用(ごよう)の向きは、何と…?」
石丸虎五郎(安世)が、一報を運んできた伝令役に尋ねる。少し年配の伝令役は気が急いたか、下馬から話し続けだったが、ここはひと呼吸おいた。
――伝令役の一言により、がらりと変わる周囲の空気。
石丸の質問への返事は事務的だったが、問題はその中身だ。
「三名は“電流丸”への乗艦を要すゆえ、その心づもりをされたい」と。
ともに勉強するはずの先輩たちに下った、急な“出帆”の命令。大隈は困惑した。
「何ね?また、置き去りになっとね。」
どうやら緊急事態が生じたらしい。海軍伝習に参加していない大隈。まるで、“蚊帳(かや)の外”だ。
「常ならざる事が起きたようだが、大隈だけでも学問を進めねばな。」
この小出の一言。もっと話に絡みたい大隈は、少し釈然としない表情を見せた。
(続く)
参考記事(後半):「佐賀と長崎をつなぐもの」〔諫早駅〕
体調の不良もあって、この頃、すでに隠居を準備していた殿・鍋島直正。真意は「自由に活動できる身分を求めた」からとも言われます。
直正が指名した佐賀藩士たちは、新しい学問・“英学”への道を突き進みます。しかし、長崎で彼らを待つのは、意外な指示でした。
――長崎街道を西へ。次いで海沿いに進む。
鹿島の肥前浜宿を抜け、現在では佐賀と長崎の県境にまたがる“多良海道”を進む一同。ほどよい有明の潮風が、くすぐったく頬を撫でる。
大隈八太郎(重信)は上機嫌だ。
「小出さん、先生の名は何と言いよったかね?」
「名は“フルベッキ”氏…とお聞きする。」
小出千之助が、先生となる人物について説明を続ける。
「生まれはオランダだが、アメリカで暮らしたゆえ“英語”を遣う。」
「そがんね!それは、楽しみばい。」
大隈のこの表情は、概ね予想どおりだ…小出も微笑んだ。
――少し、空気感が違う者も。同じ道を行く
無言で、ずっと難しい顔をしているのが、秀島藤之助。咸臨丸に乗り、アメリカへの往復を経てから、より忙しい日々を送っている。
〔参照:
技術者として“精錬方”と新型大砲の研究を進めるが、切羽詰まった印象だ。
「螺旋(らせん)を掘る“長さ”が問題なのか…」
歩きながらも“砲身”の金属をどう加工・調整するか、思案している様子だ。とても話しかけられる雰囲気ではない。
――他にも2人が同行している。
分岐のある長崎街道だが、接続する“多良海道”も山寄りと海沿いの道がある。佐賀藩内から出ることなく、長崎に向かう事ができる道は…何かと都合が良い。
蘭学寮から、海軍伝習でも一緒だった、石丸虎五郎(安世)と中牟田倉之助が、小声で話している。
「中牟田よ…、いまの秀島さんをどう思う。」
「ずっと“算術”ば、なさってますね。」
「アメリカに渡ってから、この様子と聞く。“洋行”は人を変えるのだろうか。」
「海の向こう側で、何を見られたかですな。」
秀島のやや尋常ではない様子が気になる、石丸の方が年上だ。算術が得意な中牟田は、大隈と同年代だが、淡々と答える様が落ち着いている。
――“多良海道”の西側・諫早を経て、長崎も目前となった時。
身なりのしっかりした乗馬の侍が近寄る。長崎からの伝令だという。
「海軍伝習を経た者は、長崎に着き次第、直ちに仕度をしてほしい。」
伝令役となったのは、現在は長崎県である“諫早領”の佐賀藩士だ。長崎港を守る役目に深い関わりがある。
「ここに秀島、石丸…それに中牟田まで居るとは幸いだ。」
3名の海軍伝習での活躍ぶりを知るのか、伝令役は安堵の表情だ。
「御用(ごよう)の向きは、何と…?」
石丸虎五郎(安世)が、一報を運んできた伝令役に尋ねる。少し年配の伝令役は気が急いたか、下馬から話し続けだったが、ここはひと呼吸おいた。
――伝令役の一言により、がらりと変わる周囲の空気。
石丸の質問への返事は事務的だったが、問題はその中身だ。
「三名は“電流丸”への乗艦を要すゆえ、その心づもりをされたい」と。
ともに勉強するはずの先輩たちに下った、急な“出帆”の命令。大隈は困惑した。
「何ね?また、置き去りになっとね。」
どうやら緊急事態が生じたらしい。海軍伝習に参加していない大隈。まるで、“蚊帳(かや)の外”だ。
「常ならざる事が起きたようだが、大隈だけでも学問を進めねばな。」
この小出の一言。もっと話に絡みたい大隈は、少し釈然としない表情を見せた。
(続く)
参考記事(後半):
Posted by SR at 21:43 | Comments(0) | 第16話「攘夷沸騰」
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。