2021年08月28日
第16話「攘夷沸騰」⑪(“英学”の風が吹く)
こんばんは。通算400件目の記事は、“本編”に戻ります。
第1部のラストで描いた『桜田門外の変』は1860年(安政七年・万延元年)の出来事。この年の初め、幕府の『遣米使節』はアメリカに向け、太平洋に船出。
それから8か月ほど経過、同行した佐賀藩士たちも世界を一周して帰国します。
――佐賀城下の“蘭学寮”。
そわそわと落ち着かないのが、大隈八太郎(重信)。
「…小出さんが帰って来らすばい。」
「そがんですか!」
オランダ語で西洋の文物を学ぶ、蘭学寮の学生たちが明るい表情を見せる。
「そうたい!あの小出さんが、我らの元に戻ってくるばい!」
嬉しそうな学生たちを超える、笑顔を見せる大隈。
――見るからに、上機嫌の大隈、その理由。
ここしばらく、大隈は地道に“蘭学”を学ぶため、オランダ語の辞書とにらめっこだった。大隈は勉強した。真面目にコツコツと。
…しかし、それは大隈らしい学問の方法ではない。
〔参照(後半):第13話「通商条約」⑨(嗚呼、蘭学寮)〕
賢い先輩・同級生らを見つけて“良いとこ取り”。すみやかに要点を掴む事こそ、大隈流の勉強法というところがあった。

――言うなれば、スピード重視の“速習型”。
佐賀藩内にその名が聞こえた、オランダ語の遣い手・小出千之助の帰国。
〔参照(終盤):第14話「遣米使節」⑬(アメリカに行きたいか!)〕
これで書物の翻訳よりも、書いてある内容の理解に時間がかけられる。大隈の表情が緩むのも当然のことだった。
「ジェントルマン…いや、失敬(しっけい)。諸君、いま佐賀に戻った!」
いかにも洋行帰り、小出千之助が姿を見せた。
太平洋を渡り、アメリカの西海岸から東海岸に抜け、大西洋を経て世界一周。そして、堂々の佐賀帰藩である。
――ざわめく“蘭学寮”の若手。
もはや指導者になっている、大隈八太郎が場を仕切る。
「小出先生。無事のお戻り、何よりにござる。」
「…よせ、仰々しいご挨拶は、大隈らしく無いぞ。」
小出も久々に佐賀に帰った。皆の歓迎がまんざらでもないが、照れくさそうだ。
「また、“蘭学”ば教えてください!」
オランダ語に長じた小出の復帰で、学問が進むだろうという期待が見える。
――大隈の「“先輩”に頼りますよ」という宣言だ。
「ウィ ニード トゥ ラーン ハード…イン エングリッシュ」
そこで突如、小出が耳慣れない言葉を発する。
「なんね…?」
「…オランダ語じゃ無かごた。」
「小出さん、そん言葉は新しか…なんば言いよっとね?」
若手たちがざわざわし続ける中、大隈が身を乗り出して尋ねる。

――そこで、小出は学生たちを見回して一言を発す。
「今から申すことは、殿にも言上(ごんじょう)している。」
殿・鍋島直正にも、報告した“重大事”らしい。一同が耳を傾ける。
「皆、よく聞いてほしい。もはや世界の知識は“英語”にて得られる。」
文字通り“蘭学”に心血を注いでいる、寮の若手たちに衝撃が走った。
「もっと言おう。“蘭学”のみでは、時勢に後れを取ると。」
小出はその目で見たのだ。鉄道や電線が縦横に走る、近代化の進んだアメリカ東海岸の姿を。
――よほど意表を突かれたのか、口が開いたままの者も。
「…“世界”では、そがんに英語が広がっとね。」
「エゲレス(英国)とメリケン(米国)の言葉を学び直さんばならんか…」
飛び交う“佐賀ことば”。世界の旅から戻った小出には、懐かしい響きだ。
とりわけ、大隈の頭の切り替えは早かった。
「よし、小出さんから今度は“英学”を学ぼう!」と、あっさり決意する。
佐賀藩“英学の祖”…と位置づけられる小出千之助。日本の近代化に果たした役回りも大きいのだが、それはこれからの話である。
(続く)
第1部のラストで描いた『桜田門外の変』は1860年(安政七年・万延元年)の出来事。この年の初め、幕府の『遣米使節』はアメリカに向け、太平洋に船出。
それから8か月ほど経過、同行した佐賀藩士たちも世界を一周して帰国します。
――佐賀城下の“蘭学寮”。
そわそわと落ち着かないのが、大隈八太郎(重信)。
「…小出さんが帰って来らすばい。」
「そがんですか!」
オランダ語で西洋の文物を学ぶ、蘭学寮の学生たちが明るい表情を見せる。
「そうたい!あの小出さんが、我らの元に戻ってくるばい!」
嬉しそうな学生たちを超える、笑顔を見せる大隈。
――見るからに、上機嫌の大隈、その理由。
ここしばらく、大隈は地道に“蘭学”を学ぶため、オランダ語の辞書とにらめっこだった。大隈は勉強した。真面目にコツコツと。
…しかし、それは大隈らしい学問の方法ではない。
〔参照(後半):
賢い先輩・同級生らを見つけて“良いとこ取り”。すみやかに要点を掴む事こそ、大隈流の勉強法というところがあった。
――言うなれば、スピード重視の“速習型”。
佐賀藩内にその名が聞こえた、オランダ語の遣い手・小出千之助の帰国。
〔参照(終盤):
これで書物の翻訳よりも、書いてある内容の理解に時間がかけられる。大隈の表情が緩むのも当然のことだった。
「ジェントルマン…いや、失敬(しっけい)。諸君、いま佐賀に戻った!」
いかにも洋行帰り、小出千之助が姿を見せた。
太平洋を渡り、アメリカの西海岸から東海岸に抜け、大西洋を経て世界一周。そして、堂々の佐賀帰藩である。
――ざわめく“蘭学寮”の若手。
もはや指導者になっている、大隈八太郎が場を仕切る。
「小出先生。無事のお戻り、何よりにござる。」
「…よせ、仰々しいご挨拶は、大隈らしく無いぞ。」
小出も久々に佐賀に帰った。皆の歓迎がまんざらでもないが、照れくさそうだ。
「また、“蘭学”ば教えてください!」
オランダ語に長じた小出の復帰で、学問が進むだろうという期待が見える。
――大隈の「“先輩”に頼りますよ」という宣言だ。
「ウィ ニード トゥ ラーン ハード…イン エングリッシュ」
そこで突如、小出が耳慣れない言葉を発する。
「なんね…?」
「…オランダ語じゃ無かごた。」
「小出さん、そん言葉は新しか…なんば言いよっとね?」
若手たちがざわざわし続ける中、大隈が身を乗り出して尋ねる。
――そこで、小出は学生たちを見回して一言を発す。
「今から申すことは、殿にも言上(ごんじょう)している。」
殿・鍋島直正にも、報告した“重大事”らしい。一同が耳を傾ける。
「皆、よく聞いてほしい。もはや世界の知識は“英語”にて得られる。」
文字通り“蘭学”に心血を注いでいる、寮の若手たちに衝撃が走った。
「もっと言おう。“蘭学”のみでは、時勢に後れを取ると。」
小出はその目で見たのだ。鉄道や電線が縦横に走る、近代化の進んだアメリカ東海岸の姿を。
――よほど意表を突かれたのか、口が開いたままの者も。
「…“世界”では、そがんに英語が広がっとね。」
「エゲレス(英国)とメリケン(米国)の言葉を学び直さんばならんか…」
飛び交う“佐賀ことば”。世界の旅から戻った小出には、懐かしい響きだ。
とりわけ、大隈の頭の切り替えは早かった。
「よし、小出さんから今度は“英学”を学ぼう!」と、あっさり決意する。
佐賀藩“英学の祖”…と位置づけられる小出千之助。日本の近代化に果たした役回りも大きいのだが、それはこれからの話である。
(続く)
Posted by SR at 20:35 | Comments(0) | 第16話「攘夷沸騰」
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