2020年10月08日
第14話「遣米使節」⑦(前へ進む者たちへ)
こんばんは。
前回は、江藤新平の結婚を題材としたお話でした。新しい家族を形成した頃、他にも“ライフイベント”が目白押しとなってくる江藤。
江藤の就職予定先は、“火術方目付”という佐賀藩の役職です。下級役人ではありますが、ようやく安定した生活も見えてきたところです。
――佐賀城下。多布施にある理化学研究所“精錬方”。
試験用火薬の見聞に来た、江藤。向学心は相変わらずで、就職前の準備にも余念がない。
「おおっ!“蘭学寮”に居った書生さんやないか。」
“精錬方”の石黒寛次が、江藤の存在に気付く。
石黒は、佐野栄寿(常民)が、京都留学で知り合った友達の1人。技術書の翻訳が得意な“蘭学者”である。
「近々、“火術方”のお役目に就きます。」

――江藤が、いつものよく通る声で、言葉を返した。
「“蘭学寮”は辞めちゃったと聞いたで。勿体(もったい)ないと思うてたんや。」
翻訳家・石黒には、江藤の学力の高さは一目瞭然だったようだ。
かつて“蘭学寮”の学生だった江藤。佐賀藩が所蔵する、西洋の書物を片っ端から読んで見識を高めていた。
「お役目に付けそうで良かったなぁ。」
現代風に言えば“就職内定おめでとう”の意を表す、翻訳家・石黒。
――石黒は、小屋に籠ってオランダ語などの書物を訳す仕事が多い。
もともと石黒寛次は、日本海に面した港町・舞鶴(京都)辺りの出身である。佐野の推薦で、佐賀城下にある研究所“精錬方”に就職した。
…そのため言葉には関西の訛(なま)りがあるが、佐賀藩士である。
「旅支度でございますか。」
江藤が、石黒に問う。
「あぁ、長崎に行く。また海軍の伝習に加わるんでな。」
「オランダの者から直接、教えを受けられるのですね。」
「その通りや。佐野や中村(奇輔)は、もう長崎に居るけどな。」
――この頃“精錬方”のメンバーは、佐賀と長崎の往来で忙しい。
「ほんまは、あんたぐらい賢ければ、伝習を受ける値打ちがあるけどな。」
石黒は“本当は長崎に行きたい”江藤の気持ちを察した。
「…これからは為すべきお役目に励みます。」
江藤は、真面目な答えを返した。
「まぁ、いずれ芽が出ることもあるやろ。佐賀はそういう所のはずや。」
石黒には、江藤の才能が燻(くすぶ)っている…と見えた。

――石黒は“余所(よそ)者”であるが、佐賀藩では重用されている。
「学び続けておれば、佐賀なら幾らでも“好機”がある…いうことや。」
これは、江藤への“励まし”であった。
「まず殿様が余所とは違うからな。賢い連中が“野放し”で動ける。」
石黒が念頭に置くのは、もちろん佐野栄寿(常民)である。
殿・鍋島直正から佐野は、無茶ぶりとも思えるほど様々な命令を受けている。すごく縛られているはずが、石黒には「佐野は“自由”だ」と見えるらしい。
――「自分の頭で考えることが許され、前に進んでいる」から“自由”である。“研究者”である石黒らしい理解の仕方だった。
石黒の励ましは嬉しい反面、江藤には、その立場が羨ましくもあった。下級役人の仕事には、“精錬方”の研究者のような“自由”は無いだろう。
江藤の父・助右衛門(胤光)も上役と衝突して、職を辞した時期があり、江藤も貧乏を甘受してきたのだ。
「いずれは、殿のお役に立たねばならぬ…」
“殿様が余所とは違う”。その言葉が江藤には、響いていた。
――いつになく熱弁を振るった、翻訳家・石黒。
「あ…、また置いて行かれてしもうた。」
いつの間にか、長崎に向かう者たちは出立していた。
(続く)
前回は、江藤新平の結婚を題材としたお話でした。新しい家族を形成した頃、他にも“ライフイベント”が目白押しとなってくる江藤。
江藤の就職予定先は、“火術方目付”という佐賀藩の役職です。下級役人ではありますが、ようやく安定した生活も見えてきたところです。
――佐賀城下。多布施にある理化学研究所“精錬方”。
試験用火薬の見聞に来た、江藤。向学心は相変わらずで、就職前の準備にも余念がない。
「おおっ!“蘭学寮”に居った書生さんやないか。」
“精錬方”の石黒寛次が、江藤の存在に気付く。
石黒は、佐野栄寿(常民)が、京都留学で知り合った友達の1人。技術書の翻訳が得意な“蘭学者”である。
「近々、“火術方”のお役目に就きます。」
――江藤が、いつものよく通る声で、言葉を返した。
「“蘭学寮”は辞めちゃったと聞いたで。勿体(もったい)ないと思うてたんや。」
翻訳家・石黒には、江藤の学力の高さは一目瞭然だったようだ。
かつて“蘭学寮”の学生だった江藤。佐賀藩が所蔵する、西洋の書物を片っ端から読んで見識を高めていた。
「お役目に付けそうで良かったなぁ。」
現代風に言えば“就職内定おめでとう”の意を表す、翻訳家・石黒。
――石黒は、小屋に籠ってオランダ語などの書物を訳す仕事が多い。
もともと石黒寛次は、日本海に面した港町・舞鶴(京都)辺りの出身である。佐野の推薦で、佐賀城下にある研究所“精錬方”に就職した。
…そのため言葉には関西の訛(なま)りがあるが、佐賀藩士である。
「旅支度でございますか。」
江藤が、石黒に問う。
「あぁ、長崎に行く。また海軍の伝習に加わるんでな。」
「オランダの者から直接、教えを受けられるのですね。」
「その通りや。佐野や中村(奇輔)は、もう長崎に居るけどな。」
――この頃“精錬方”のメンバーは、佐賀と長崎の往来で忙しい。
「ほんまは、あんたぐらい賢ければ、伝習を受ける値打ちがあるけどな。」
石黒は“本当は長崎に行きたい”江藤の気持ちを察した。
「…これからは為すべきお役目に励みます。」
江藤は、真面目な答えを返した。
「まぁ、いずれ芽が出ることもあるやろ。佐賀はそういう所のはずや。」
石黒には、江藤の才能が燻(くすぶ)っている…と見えた。
――石黒は“余所(よそ)者”であるが、佐賀藩では重用されている。
「学び続けておれば、佐賀なら幾らでも“好機”がある…いうことや。」
これは、江藤への“励まし”であった。
「まず殿様が余所とは違うからな。賢い連中が“野放し”で動ける。」
石黒が念頭に置くのは、もちろん佐野栄寿(常民)である。
殿・鍋島直正から佐野は、無茶ぶりとも思えるほど様々な命令を受けている。すごく縛られているはずが、石黒には「佐野は“自由”だ」と見えるらしい。
――「自分の頭で考えることが許され、前に進んでいる」から“自由”である。“研究者”である石黒らしい理解の仕方だった。
石黒の励ましは嬉しい反面、江藤には、その立場が羨ましくもあった。下級役人の仕事には、“精錬方”の研究者のような“自由”は無いだろう。
江藤の父・助右衛門(胤光)も上役と衝突して、職を辞した時期があり、江藤も貧乏を甘受してきたのだ。
「いずれは、殿のお役に立たねばならぬ…」
“殿様が余所とは違う”。その言葉が江藤には、響いていた。
――いつになく熱弁を振るった、翻訳家・石黒。
「あ…、また置いて行かれてしもうた。」
いつの間にか、長崎に向かう者たちは出立していた。
(続く)
Posted by SR at 21:59 | Comments(0) | 第14話「遣米使節」
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