2020年11月26日

連続ブログ小説「旅立の剣」(12)雨の“水ケ江”を行く

こんばんは。

再び走り始めた“連続ブログ小説”…初めてご覧の方に説明しましょう。ひとことで言えば昨秋、私が佐賀を駆け回った、旅路の記録です。

まだ、コロナ禍の無かった1年前の自由な“空気感”が見て取れると思います。


――15:30頃。佐賀市営バスで“水ケ江”の地に到着する。

バス停大隈重信記念館前次の目的地も間近である。

バスを降りると、またポツポツと雨が降り始めた。私が佐賀に帰るとき雨の降る描写が多いが、これは偶然である。とくに、雨を呼ぶ力体得した覚えはない。

「ふーっ。」
深呼吸をした。少し疲れを感じる。走り続けられるほど、若くもない。


――ここも市街地の中心部に近いが、大都市圏とは空気感が異なる。

いわゆる住宅地。一筋ばかり、道を間違えた。くるりと転換し歩みを進める。ほどなく、大隈重信記念館の立派な門構えが私を出迎えた。

「こんにちは。」
雨を避けられる屋根がありがたい。受付に挨拶をする。

連続ブログ小説「旅立の剣」(12)雨の“水ケ江”を行く

――全国的には、早稲田大学の創設者として著名な大隈重信

受付の奥に見える限り、同窓会館の事務局のような機能も兼ねる様子だ。早大卒業生たちが集う行事も多いのだろう。

大隈先生は、自分の家人が集まるのが大好きだったと聞く。
お若いの。雨の中、よく来たな。」

何だか、そう言われた心地がする…私も歳を取ったが、大隈先生からすれば、おそらくは、まだまだ現世で活動できる私は“若者”であるのかもしれない。

(続く)

〔参照記事:「大隈重信」(賢人その7)<前編>
※“本編”の開始前に、“佐賀七賢人”のキャラクターを把握するために書いたシリーズ(創作)です。私は、大隈先生を「日本史上で、最も国民から愛された人物の1人」と捉えていますので、どうしても遊び心が強めの描写になります。もし、関係者の方がご覧になっていましたら、色々とご容赦ください。



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