2020年11月15日
連続ブログ小説「旅立の剣」(9)想いを語るとき
おはようございます。
当ブログの主題・佐賀、物語を動かす舞台・長崎には、なかなか足を運ぶことが叶わず、それでも、今できる方法で“取材活動”を続けています。
…なお、昨日は“取材”に出ていたため、今日は朝に更新しております。
――昨秋。佐野常民記念館。時刻は13:00。
幸運にも雨が上がって、屋外での“三重津海軍所跡”の見学を終えた私。続いて、館内2Fの佐野常民記念館・展示室に立ち寄る。
最初、雨に濡れて入館した私を、施設スタッフの方が気遣ったのか、見学ルートは通常の順路と異なっていたようだ。
「ナマコのような男…」
明治期、ある人物が佐野常民を評した言葉だ。
――この言葉、最初は佐野先生への悪口かと思った。
しかし、真意はこうだった。
「叩いても、捻っても、ナマコは変じることは無い。」
「…佐野常民は頑固者だ。その信念を曲げることはできない。」
概ね、このような解釈らしい。
佐賀では、七賢人(八賢人)の1人として知られる佐野常民。
「調べるほどに応援したくなる人物。」と評する研究者の方もいる。

――日本赤十字社の創設をはじめ、様々な仕事を成し遂げた佐野常民。
一風変わった佐野の行動。最初のうちは苦笑することがあっても、だんだんと「負けるな!常民!」という気分になるらしい。
…まったく同感なので、私も“本編”で表現していきたい。
佐野常民(栄寿)の業績は、赤十字社だけではない。
蒸気機関の開発、近代海軍の創設、万国博への出展、洋式燈台の設置、内国博で京都の復興、日本美術の保護…
佐野先生は、とにかく頑張った人なのだ。
――2Fの佐野常民記念館・展示室、出入り口に戻る。
偶然、スタッフの方々が集まっていたので、私は挨拶をする。
「ありがとうございました。大変、勉強になりました。」
スタッフの皆様も「それは、良かった!」という反応。
ここで、私は心に留めていた言葉を続けた。
「これだけ業績があるのに、なぜ佐賀は“大河ドラマ”にならないんでしょうか。」
(続く)
〔関連記事:「佐賀の功績を語れ!」(独自色②)〕
※投稿の時期は昨年の年末(大晦日)。幕末の雄藩「薩長土肥」のそれぞれの業績をなるべくシンプルに表して、その比較で“肥前”佐賀藩の功績をどう描くか…を考えたときの投稿です。
当ブログの主題・佐賀、物語を動かす舞台・長崎には、なかなか足を運ぶことが叶わず、それでも、今できる方法で“取材活動”を続けています。
…なお、昨日は“取材”に出ていたため、今日は朝に更新しております。
――昨秋。佐野常民記念館。時刻は13:00。
幸運にも雨が上がって、屋外での“三重津海軍所跡”の見学を終えた私。続いて、館内2Fの佐野常民記念館・展示室に立ち寄る。
最初、雨に濡れて入館した私を、施設スタッフの方が気遣ったのか、見学ルートは通常の順路と異なっていたようだ。
「ナマコのような男…」
明治期、ある人物が佐野常民を評した言葉だ。
――この言葉、最初は佐野先生への悪口かと思った。
しかし、真意はこうだった。
「叩いても、捻っても、ナマコは変じることは無い。」
「…佐野常民は頑固者だ。その信念を曲げることはできない。」
概ね、このような解釈らしい。
佐賀では、七賢人(八賢人)の1人として知られる佐野常民。
「調べるほどに応援したくなる人物。」と評する研究者の方もいる。
――日本赤十字社の創設をはじめ、様々な仕事を成し遂げた佐野常民。
一風変わった佐野の行動。最初のうちは苦笑することがあっても、だんだんと「負けるな!常民!」という気分になるらしい。
…まったく同感なので、私も“本編”で表現していきたい。
佐野常民(栄寿)の業績は、赤十字社だけではない。
蒸気機関の開発、近代海軍の創設、万国博への出展、洋式燈台の設置、内国博で京都の復興、日本美術の保護…
佐野先生は、とにかく頑張った人なのだ。
――2Fの佐野常民記念館・展示室、出入り口に戻る。
偶然、スタッフの方々が集まっていたので、私は挨拶をする。
「ありがとうございました。大変、勉強になりました。」
スタッフの皆様も「それは、良かった!」という反応。
ここで、私は心に留めていた言葉を続けた。
「これだけ業績があるのに、なぜ佐賀は“大河ドラマ”にならないんでしょうか。」
(続く)
〔関連記事:
※投稿の時期は昨年の年末(大晦日)。幕末の雄藩「薩長土肥」のそれぞれの業績をなるべくシンプルに表して、その比較で“肥前”佐賀藩の功績をどう描くか…を考えたときの投稿です。
Posted by SR at 10:17 | Comments(0) | 連続ブログ小説「旅立の剣」第1・2シリーズ
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