2020年05月08日
第9話「和親条約」⑩
こんばんは。第9話のラストです。おそらく一般的なイメージとは違う描き方を試みます。かなり長文ですが、ご容赦のほどを。
長崎にはロシア船が来航し、佐賀藩が年越しで警備を続けました。
幕府は、長崎の交渉の動向を見守る一方、アメリカのペリーの再訪に備え、大急ぎで江戸の警備体制を整えています。
――1854年、正月。ロシアとの交渉は大詰めとなった。
通商開始や国境画定といった“重い”案件のロシアとの交渉。
交渉役・川路はプチャーチンとの信頼関係を築きながらも、隙の無い態度を続ける。そして、双方の言葉が通じず、オランダ語を介して進めた日露交渉の決着はこうなった。
「プチャーチン提督。我が国が他国と通商を始めた場合は、貴国ロシアに同等の待遇を与えることは、お約束しよう。」
「川路さん、あなたはしぶとい男だ。しかし、次の交渉も貴方にお願いしたい。」
――香港(ホンコン)。ロシアと日本が接近したと感じて、焦っている男がいた。
「とにかく蒸気船を集めろ!もっと早く、もっと多くだ!」
周囲に圧をかけるアメリカ・東インド艦隊長官。ペリー提督である。
「おいおい、“熊おやじ”荒れてるぜぇ。」
「もう、日本に出航するんだってよ!」
――前年、浦賀では「1年後にまた来る!」と宣言したペリーだが、もう居てもたってもいられない。
「古くさい“帆船”なんぞに頼るロシアに後れを取ってたまるか!」
当時の蒸気船は、そこまで高性能ではない。同サイズの帆船に比べ、兵員と物資の輸送能力も劣る。また、大型の艦船同士の戦いでは、外輪部が防御と攻撃の弱点になる。
但し、気象条件にとらわれない小回りが利き、威圧感は抜群である。

――そして長崎からプチャーチンが去って、1週間もしないうちにペリーが浦賀に来航する。
「何だと…まだ、半年しか経っておらぬぞ!」
老中・阿部正弘、これには慌てる。何せ“お台場”もまだ完成していない。
「伊勢守(阿部)よ。何を恐れておる!我が国はロシアとも渡りあえたではないか!」
海防参与となっていた、攘夷派・徳川斉昭が檄を飛ばす。
幕府や有力大名にも、長崎でのロシアとの外交交渉の件は伝わっている。
古豪ロシアとの間で「互いの国法を重んじ、国同士として向き合った」ことは幕府にとって自信となっていた。
――もはや開国派も攘夷派もない。“挙国一致”で立ち向かうのみ。老中・阿部正弘は腹をくくった。
「此度…交渉役は、林大学頭を任ず。」
阿部正弘が指名したのは、林復斎。官職名は大学頭(だいがくのかみ)である。
通訳にはジョン万次郎など、日本語と英語の双方を使える人材もいるが、アメリカの影響を受け過ぎているため疑惑を持たれてしまう。
そして、今回も長崎での対ロシア交渉と同じく、中国語(漢文)やオランダ語を介して交渉を行うこととなった。
林は漢籍に通じる学者で、論理的な人物。
実は、林を交渉役に選んだことが、老中・阿部の覚悟を物語っている。
――交渉場所は江戸に近いが、一般人を遠ざけるには適した寒村が選ばれた。“横浜”という村である。
ボン!ボン!
7隻のペリー艦隊から、威圧感たっぷりの祝砲が放たれる。蒸気船を含む大艦隊から轟音が響き続ける。
「さて、わがアメリカは“人命の尊重”を要求する。難破船の救助と薪水・食料の補給のため、港を開いてほしい!」
ペリーは威嚇を充分に行ったうえで、正論を話し始める。
「よかろう。“日本”には慈悲の心がある。“今まで通り”人助けをしよう。」
林大学頭、まったく威圧が効いていない様子だ。正論をそのまま受けて、返してきた。
――このように熾烈な折衝が始まった。
ペリーは、次の議題を切り出す。
「そして、通商だ。」
「はて、“人命尊重”が申出の趣旨ではなかったか。通商とは何の関わりがあるのだ!?」
林大学頭が、目的違いを指摘する。ペリーが意表を突かれた。
「開く港は、5か所は要るぞ!」
「そのように大事なことは、最初から“国書”に記すべきではなかったのか!?」
ペリーは唐突な提案をしたが、林に弾き返される。
――実は“通商の開始”を除けば、ペリーの開国要求は当時の日本にも受け入れやすい。
「長崎だけでは困るのだな。では下田(静岡)・函館(北海道)の2港を開こう。」
林大学頭、最低限の要求を許容した。
清国市場への中継地点である、伊豆の下田。
捕鯨船の補給基地になる、蝦夷地の函館。
これで開国には応じたことになる。たしかに“鎖国”は崩れたが、おそらくは列強各国で一番“軽い”要求を基準としたのである。
――意外や、幕府はペリーの弱点について、ある程度知っていたようだ。

たしかに7隻の大艦隊は脅威だが、広い太平洋を超えて物資の輸送は困難。補給ルートが脆弱なことは、ペリーの要求そのものが示していた。
そして、老中・阿部正弘が沿岸警備に動員した兵員は、60藩とも、47万人とも言われる。
江戸湾沿岸は、集結する侍と野次馬の庶民で大騒ぎとなっていた。
「どうなってるんだ!お侍ばかりじゃねぇか!」
「黒船を見に行こうぜ!」
――老中・阿部は、全力を尽くしたうえで「ペリーが戦うことは無い」と判断していた。
「いいだろう。この内容で調印しよう。」
ペリーは通商の要求を取り下げた。すでにペリーに国書を渡した大統領フィルモアも、政権交代によりその座を明け渡しており、政治的な後押しも弱い。
「いや、一列に並べるのではなく、双方が署名した用紙を交換すべし。」
林大学頭は、条約の署名方式にまで日本側のルールを押し付けた。
――その頃、既に佐賀藩は次のステージに進んでいた。

佐賀城本丸。請役・鍋島安房が何やら“大層な箱”を持ってきている。
「そろそろ、殿が来られる頃か…」
「安房よ!話したき事がある!」
予想どおり、長崎から戻ったばかりの鍋島直正が現れる。
「殿。お待ちしておりました。」
安房は、大層な箱を正面に持ち替えた。
「実はな、安房よ!洋式船を…いずれは蒸気船も買わねばならぬ!」
また「資金が要るのだ!」という、直正のいつもの相談である。
――ロシアとの交渉時、佐賀藩の砲台は長崎の警備だけでなく、日本の“誇り”も守る役割を果たした。
しかし、重要港湾を守るだけの砲台では、今後の危機に備えることはできない。必要なのは「どこから攻められても、防げる力」だった。
鍋島安房、ここで“大層な箱”を開く。
「これで、いかがでございましょう。」
「おおっ!“白蝋”ではないか。」
直正は、ハゼの木から作られた見事な品質の“蝋燭(ろうそく)”に見入った。
のちに西洋式軍艦を購入するときに、この“白蝋”は現金代わりとして通用した。開国の新時代が開き、佐賀藩は海に向かっていくのである。
(第10話「蒸気機関」に続く)
長崎にはロシア船が来航し、佐賀藩が年越しで警備を続けました。
幕府は、長崎の交渉の動向を見守る一方、アメリカのペリーの再訪に備え、大急ぎで江戸の警備体制を整えています。
――1854年、正月。ロシアとの交渉は大詰めとなった。
通商開始や国境画定といった“重い”案件のロシアとの交渉。
交渉役・川路はプチャーチンとの信頼関係を築きながらも、隙の無い態度を続ける。そして、双方の言葉が通じず、オランダ語を介して進めた日露交渉の決着はこうなった。
「プチャーチン提督。我が国が他国と通商を始めた場合は、貴国ロシアに同等の待遇を与えることは、お約束しよう。」
「川路さん、あなたはしぶとい男だ。しかし、次の交渉も貴方にお願いしたい。」
――香港(ホンコン)。ロシアと日本が接近したと感じて、焦っている男がいた。
「とにかく蒸気船を集めろ!もっと早く、もっと多くだ!」
周囲に圧をかけるアメリカ・東インド艦隊長官。ペリー提督である。
「おいおい、“熊おやじ”荒れてるぜぇ。」
「もう、日本に出航するんだってよ!」
――前年、浦賀では「1年後にまた来る!」と宣言したペリーだが、もう居てもたってもいられない。
「古くさい“帆船”なんぞに頼るロシアに後れを取ってたまるか!」
当時の蒸気船は、そこまで高性能ではない。同サイズの帆船に比べ、兵員と物資の輸送能力も劣る。また、大型の艦船同士の戦いでは、外輪部が防御と攻撃の弱点になる。
但し、気象条件にとらわれない小回りが利き、威圧感は抜群である。

――そして長崎からプチャーチンが去って、1週間もしないうちにペリーが浦賀に来航する。
「何だと…まだ、半年しか経っておらぬぞ!」
老中・阿部正弘、これには慌てる。何せ“お台場”もまだ完成していない。
「伊勢守(阿部)よ。何を恐れておる!我が国はロシアとも渡りあえたではないか!」
海防参与となっていた、攘夷派・徳川斉昭が檄を飛ばす。
幕府や有力大名にも、長崎でのロシアとの外交交渉の件は伝わっている。
古豪ロシアとの間で「互いの国法を重んじ、国同士として向き合った」ことは幕府にとって自信となっていた。
――もはや開国派も攘夷派もない。“挙国一致”で立ち向かうのみ。老中・阿部正弘は腹をくくった。
「此度…交渉役は、林大学頭を任ず。」
阿部正弘が指名したのは、林復斎。官職名は大学頭(だいがくのかみ)である。
通訳にはジョン万次郎など、日本語と英語の双方を使える人材もいるが、アメリカの影響を受け過ぎているため疑惑を持たれてしまう。
そして、今回も長崎での対ロシア交渉と同じく、中国語(漢文)やオランダ語を介して交渉を行うこととなった。
林は漢籍に通じる学者で、論理的な人物。
実は、林を交渉役に選んだことが、老中・阿部の覚悟を物語っている。
――交渉場所は江戸に近いが、一般人を遠ざけるには適した寒村が選ばれた。“横浜”という村である。
ボン!ボン!
7隻のペリー艦隊から、威圧感たっぷりの祝砲が放たれる。蒸気船を含む大艦隊から轟音が響き続ける。
「さて、わがアメリカは“人命の尊重”を要求する。難破船の救助と薪水・食料の補給のため、港を開いてほしい!」
ペリーは威嚇を充分に行ったうえで、正論を話し始める。
「よかろう。“日本”には慈悲の心がある。“今まで通り”人助けをしよう。」
林大学頭、まったく威圧が効いていない様子だ。正論をそのまま受けて、返してきた。
――このように熾烈な折衝が始まった。
ペリーは、次の議題を切り出す。
「そして、通商だ。」
「はて、“人命尊重”が申出の趣旨ではなかったか。通商とは何の関わりがあるのだ!?」
林大学頭が、目的違いを指摘する。ペリーが意表を突かれた。
「開く港は、5か所は要るぞ!」
「そのように大事なことは、最初から“国書”に記すべきではなかったのか!?」
ペリーは唐突な提案をしたが、林に弾き返される。
――実は“通商の開始”を除けば、ペリーの開国要求は当時の日本にも受け入れやすい。
「長崎だけでは困るのだな。では下田(静岡)・函館(北海道)の2港を開こう。」
林大学頭、最低限の要求を許容した。
清国市場への中継地点である、伊豆の下田。
捕鯨船の補給基地になる、蝦夷地の函館。
これで開国には応じたことになる。たしかに“鎖国”は崩れたが、おそらくは列強各国で一番“軽い”要求を基準としたのである。
――意外や、幕府はペリーの弱点について、ある程度知っていたようだ。
たしかに7隻の大艦隊は脅威だが、広い太平洋を超えて物資の輸送は困難。補給ルートが脆弱なことは、ペリーの要求そのものが示していた。
そして、老中・阿部正弘が沿岸警備に動員した兵員は、60藩とも、47万人とも言われる。
江戸湾沿岸は、集結する侍と野次馬の庶民で大騒ぎとなっていた。
「どうなってるんだ!お侍ばかりじゃねぇか!」
「黒船を見に行こうぜ!」
――老中・阿部は、全力を尽くしたうえで「ペリーが戦うことは無い」と判断していた。
「いいだろう。この内容で調印しよう。」
ペリーは通商の要求を取り下げた。すでにペリーに国書を渡した大統領フィルモアも、政権交代によりその座を明け渡しており、政治的な後押しも弱い。
「いや、一列に並べるのではなく、双方が署名した用紙を交換すべし。」
林大学頭は、条約の署名方式にまで日本側のルールを押し付けた。
――その頃、既に佐賀藩は次のステージに進んでいた。

佐賀城本丸。請役・鍋島安房が何やら“大層な箱”を持ってきている。
「そろそろ、殿が来られる頃か…」
「安房よ!話したき事がある!」
予想どおり、長崎から戻ったばかりの鍋島直正が現れる。
「殿。お待ちしておりました。」
安房は、大層な箱を正面に持ち替えた。
「実はな、安房よ!洋式船を…いずれは蒸気船も買わねばならぬ!」
また「資金が要るのだ!」という、直正のいつもの相談である。
――ロシアとの交渉時、佐賀藩の砲台は長崎の警備だけでなく、日本の“誇り”も守る役割を果たした。
しかし、重要港湾を守るだけの砲台では、今後の危機に備えることはできない。必要なのは「どこから攻められても、防げる力」だった。
鍋島安房、ここで“大層な箱”を開く。
「これで、いかがでございましょう。」
「おおっ!“白蝋”ではないか。」
直正は、ハゼの木から作られた見事な品質の“蝋燭(ろうそく)”に見入った。
のちに西洋式軍艦を購入するときに、この“白蝋”は現金代わりとして通用した。開国の新時代が開き、佐賀藩は海に向かっていくのである。
(第10話「蒸気機関」に続く)
Posted by SR at 22:50 | Comments(0) | 第9話「和親条約」
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