2021年08月12日
第16話「攘夷沸騰」⑧(麗しき佐賀の日々)
こんばんは。
九州の大雨が全国のニュースでも報じられており、そこには強い雨が降る佐賀の映像も。皆様、くれぐれもお気をつけて。
現在、“本編”は1860年(万延元年)初夏頃のイメージで話を展開しています。
この時期には、老中・安藤信正らが中心となり、若き将軍・徳川家茂の正室に、天皇の妹・和宮を迎えるという算段が始まります。
幕府は朝廷の力を頼る“公武合体策”で、難局を乗り越えようとします。一方で、“桜田門外の変”以降、“尊王攘夷”の志士たちは勢いづいていました。
――江戸の川越藩邸。
佐賀の殿・鍋島直正が、愛してやまない長女・貢姫。川越藩主の正室である。父から届いた手紙を開く。
以前から、嫁いだ娘を心配する父からの書状は時折、手元に来ているが、今回は「父は江戸を抜けて、兵庫の港より佐賀に帰ります…心配無きように」とある。
「…お父上様。よくぞ、ご無事で。」
父から娘への気掛かりだけでなく、娘から父への心配もあった。
――江戸には、物騒な噂があった。
「井伊大老の次は、佐賀の殿様が狙われる」と聞けば、貢姫も気が気ではない。佐賀藩では、国元から腕の立つ剣士を送って守りを固めた…とも聞き及ぶ。
「…えすか(怖い)事にございます。」
ポツリと“佐賀ことば”が混ざる、貢姫。普段は封印する言葉づかいだ。
最近、夫である川越藩主・松平直侯は部屋からも出て来ない。その正室・貢姫の立場も非常に気を遣うところだ。

――そこに、父・直正からの手紙。
7歳の頃には、江戸に出た貢姫。その少し前、佐賀での幼き日々を想い出す。まだ、若かった父・直正の快活な姿が目に浮かぶ。
「ヘビじゃ…蛇が出ておるっ!者ども…出会えっ、出会え!」
幕府の老中すら一目置く、佐賀の殿様にも苦手なものがあった。
「お父上様、驚き過ぎにございます…、佐賀にも蛇くらい出ますのよ。」
都会育ちの父・直正に対して、幼い貢姫は不思議な顔をして言うのだった。
――佐賀生まれの貢姫。回想は続く。
武術の腕もたつ父・直正だが、引きつった顔をしてこう言う。
「余は、ヘビが苦手じゃ。お貢(みつ)も、知っておろう…」
〔参照(後半):第6話「鉄製大砲」①〕
「では“江戸生まれのお父上様”に、また“蛇除け”を作って差し上げましょう。」
大都会・江戸を引き合いに出して、少しひねくれた物言い。貢姫も大人ぶりたい年頃になってきたのか。
「そうか。忝(かたじけ)ないな。」
父・直正は我が子の成長を感じて、娘からの“贈り物”の提案を受け取る。苦手の蛇も家来が退けたので、直正には喜びだけが残り、笑みを浮かべた。
――貢姫は、誰もいない部屋で涙を拭った。
「…父上様、願わくば…貢もご一緒に。佐賀に帰りたかです。」
輿(こし)入れの際は嫁ぎ先で待ち受ける運命を、知る由(よし)もない。
鍋島家から来た姫として立派に振る舞わねばならない。お付きの者も辛い立場で、あまり心配はかけられない。本当に弱音を吐けるのは1人の時だけだ。
佐賀藩邸は近くにあっても、そこに頼れる父・直正の姿は無いのである。
(続く)
九州の大雨が全国のニュースでも報じられており、そこには強い雨が降る佐賀の映像も。皆様、くれぐれもお気をつけて。
現在、“本編”は1860年(万延元年)初夏頃のイメージで話を展開しています。
この時期には、老中・安藤信正らが中心となり、若き将軍・徳川家茂の正室に、天皇の妹・和宮を迎えるという算段が始まります。
幕府は朝廷の力を頼る“公武合体策”で、難局を乗り越えようとします。一方で、“桜田門外の変”以降、“尊王攘夷”の志士たちは勢いづいていました。
――江戸の川越藩邸。
佐賀の殿・鍋島直正が、愛してやまない長女・貢姫。川越藩主の正室である。父から届いた手紙を開く。
以前から、嫁いだ娘を心配する父からの書状は時折、手元に来ているが、今回は「父は江戸を抜けて、兵庫の港より佐賀に帰ります…心配無きように」とある。
「…お父上様。よくぞ、ご無事で。」
父から娘への気掛かりだけでなく、娘から父への心配もあった。
――江戸には、物騒な噂があった。
「井伊大老の次は、佐賀の殿様が狙われる」と聞けば、貢姫も気が気ではない。佐賀藩では、国元から腕の立つ剣士を送って守りを固めた…とも聞き及ぶ。
「…えすか(怖い)事にございます。」
ポツリと“佐賀ことば”が混ざる、貢姫。普段は封印する言葉づかいだ。
最近、夫である川越藩主・松平直侯は部屋からも出て来ない。その正室・貢姫の立場も非常に気を遣うところだ。
――そこに、父・直正からの手紙。
7歳の頃には、江戸に出た貢姫。その少し前、佐賀での幼き日々を想い出す。まだ、若かった父・直正の快活な姿が目に浮かぶ。
「ヘビじゃ…蛇が出ておるっ!者ども…出会えっ、出会え!」
幕府の老中すら一目置く、佐賀の殿様にも苦手なものがあった。
「お父上様、驚き過ぎにございます…、佐賀にも蛇くらい出ますのよ。」
都会育ちの父・直正に対して、幼い貢姫は不思議な顔をして言うのだった。
――佐賀生まれの貢姫。回想は続く。
武術の腕もたつ父・直正だが、引きつった顔をしてこう言う。
「余は、ヘビが苦手じゃ。お貢(みつ)も、知っておろう…」
〔参照(後半):
「では“江戸生まれのお父上様”に、また“蛇除け”を作って差し上げましょう。」
大都会・江戸を引き合いに出して、少しひねくれた物言い。貢姫も大人ぶりたい年頃になってきたのか。
「そうか。忝(かたじけ)ないな。」
父・直正は我が子の成長を感じて、娘からの“贈り物”の提案を受け取る。苦手の蛇も家来が退けたので、直正には喜びだけが残り、笑みを浮かべた。
――貢姫は、誰もいない部屋で涙を拭った。
「…父上様、願わくば…貢もご一緒に。佐賀に帰りたかです。」
輿(こし)入れの際は嫁ぎ先で待ち受ける運命を、知る由(よし)もない。
鍋島家から来た姫として立派に振る舞わねばならない。お付きの者も辛い立場で、あまり心配はかけられない。本当に弱音を吐けるのは1人の時だけだ。
佐賀藩邸は近くにあっても、そこに頼れる父・直正の姿は無いのである。
(続く)
Posted by SR at 23:51 | Comments(0) | 第16話「攘夷沸騰」
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