2021年02月21日
「“安政の大獄”をどう描くか?」
こんばんは。“本編”に戻るために助走をつけます。
明治維新で、際立った“勝者側”となったのは、薩摩藩・長州藩でしょう。同じく“新政府側”でも土佐藩や佐賀藩は、かなり当初の思惑が外れたようです。
――反面、勝者の“敵役”である幕府方は、悪く描かれがち…
こちらの代表格には、会津藩を挙げます。2013年の大河ドラマ「八重の桜」は“敗者側”からの視点で描かれ、かなり斬新な印象でした。
現在、放送中の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は幕臣・渋沢栄一です。
番組の案内役・徳川家康(演:北大路欣也)が第1話から強い目力で語ります。
「今につながる日本を開いた人物こそ、わが徳川の家臣であったと…ご存じだったかな?」
…今後、どのような立ち位置で、激動の時代を読み解くか注目しています。
――ここから本題に入ります。大弾圧と語られる「安政の大獄」。
刑罰の軽重はありますが、対象(連座)者は100人を超えるそうです。処刑または獄中で亡くなった方も13人を数えると聞きます。1858年からの出来事です。
幕府目線で、ざっくりと各藩における“罪状”のご報告を試みます。
「朝廷に裏工作を仕掛けた、水戸藩!」
「尊王攘夷の過激派がいる、長州藩!」
「次期将軍の選定に口出し、薩摩藩&福井藩!」

――こうして周囲は敵だらけとなった、大老・井伊直弼。
幕府内部の主導権争いもあり、井伊直弼の数少ない“味方”を2藩だけ紹介。
江戸幕府の運営側、徳川に近い大名が集う“溜間詰”の中で信用できるのは…
「幕府に忠節を尽くす、会津藩!」
そして、外様大名など諸侯が集う“大広間”の中で頼りになるのが…
「外交の良き理解者、佐賀藩!」
…私も、調べ始めた当初は「あれっ!?佐賀藩、意外に幕府寄り?」という印象でした。殿・鍋島直正は秩序を大事にするので、良くも悪くも優等生的なのです。
――さて、「安政の大獄」の基準はどうだったか…
「老中を暗殺する計画を話し合っていました!」
(長州藩・吉田松陰)
…尋ねられてもいない計画を、あえて語ったそうです。
吉田松陰が暗殺対象と語ったのは、老中・間部詮勝。意外や井伊直弼の評価は高く「彦根の殿様は、憐(あわ)れみのある名君!」とか語ったようです。
もし吉田松陰の言動が、大老・井伊直弼への期待で「幕府を改革してみな!」という“挑戦状”を叩きつけた…と想像すると、ドラマチックな感じがします。
――いかにも幕府らしい“サムライ”的な基準も…
「殿(松平春嶽)に言われた通りに活動しました!」
(福井藩・橋本左内)
…こう語って「殿様のせいにするとは何事だ!」と責められたそうです。
橋本左内は、真っ直ぐに事実を語ったのかもしれません。福井藩の殿様・松平春嶽は、一橋慶喜を次期将軍に強く推し、左内も熱心に活動していました。
予想を超える厳罰。福井藩の誇る天才、ここで歴史の舞台から姿を消します。

――そもそも「安政の大獄」のきっかけの1つが…
大老・井伊直弼が「朝廷の許可なく開国した!」と、江戸城へ抗議に押し掛ける一橋派の殿様たち。将軍選びの主導権を狙う意図も見えます。
騒ぎの中心は“水戸烈公”こと徳川斉昭。幕府のルールでは、定めの無い日に、江戸城に来るのは禁止。「不時登城」という立派な罪だそうです。
そして朝廷への裏工作を主導した水戸藩は、集中的に処罰されました。これで尊王攘夷運動はさらに“狂熱化”したと語られます。
――以上、“本編”で描くには厳しい情報量ですので、まとめて書きました!
私の調べは、話を進めるためのスピード重視のものですので、独断と偏見による解釈、不確かな出典による誤り等も、かなり含まれる前提でお読みください。
…あと、3回くらいで第15話「江戸動乱」をまとめたいです。今回は難しい!
明治維新で、際立った“勝者側”となったのは、薩摩藩・長州藩でしょう。同じく“新政府側”でも土佐藩や佐賀藩は、かなり当初の思惑が外れたようです。
――反面、勝者の“敵役”である幕府方は、悪く描かれがち…
こちらの代表格には、会津藩を挙げます。2013年の大河ドラマ「八重の桜」は“敗者側”からの視点で描かれ、かなり斬新な印象でした。
現在、放送中の大河ドラマ「青天を衝け」の主人公は幕臣・渋沢栄一です。
番組の案内役・徳川家康(演:北大路欣也)が第1話から強い目力で語ります。
「今につながる日本を開いた人物こそ、わが徳川の家臣であったと…ご存じだったかな?」
…今後、どのような立ち位置で、激動の時代を読み解くか注目しています。
――ここから本題に入ります。大弾圧と語られる「安政の大獄」。
刑罰の軽重はありますが、対象(連座)者は100人を超えるそうです。処刑または獄中で亡くなった方も13人を数えると聞きます。1858年からの出来事です。
幕府目線で、ざっくりと各藩における“罪状”のご報告を試みます。
「朝廷に裏工作を仕掛けた、水戸藩!」
「尊王攘夷の過激派がいる、長州藩!」
「次期将軍の選定に口出し、薩摩藩&福井藩!」
――こうして周囲は敵だらけとなった、大老・井伊直弼。
幕府内部の主導権争いもあり、井伊直弼の数少ない“味方”を2藩だけ紹介。
江戸幕府の運営側、徳川に近い大名が集う“溜間詰”の中で信用できるのは…
「幕府に忠節を尽くす、会津藩!」
そして、外様大名など諸侯が集う“大広間”の中で頼りになるのが…
「外交の良き理解者、佐賀藩!」
…私も、調べ始めた当初は「あれっ!?佐賀藩、意外に幕府寄り?」という印象でした。殿・鍋島直正は秩序を大事にするので、良くも悪くも優等生的なのです。
――さて、「安政の大獄」の基準はどうだったか…
「老中を暗殺する計画を話し合っていました!」
(長州藩・吉田松陰)
…尋ねられてもいない計画を、あえて語ったそうです。
吉田松陰が暗殺対象と語ったのは、老中・間部詮勝。意外や井伊直弼の評価は高く「彦根の殿様は、憐(あわ)れみのある名君!」とか語ったようです。
もし吉田松陰の言動が、大老・井伊直弼への期待で「幕府を改革してみな!」という“挑戦状”を叩きつけた…と想像すると、ドラマチックな感じがします。
――いかにも幕府らしい“サムライ”的な基準も…
「殿(松平春嶽)に言われた通りに活動しました!」
(福井藩・橋本左内)
…こう語って「殿様のせいにするとは何事だ!」と責められたそうです。
橋本左内は、真っ直ぐに事実を語ったのかもしれません。福井藩の殿様・松平春嶽は、一橋慶喜を次期将軍に強く推し、左内も熱心に活動していました。
予想を超える厳罰。福井藩の誇る天才、ここで歴史の舞台から姿を消します。
――そもそも「安政の大獄」のきっかけの1つが…
大老・井伊直弼が「朝廷の許可なく開国した!」と、江戸城へ抗議に押し掛ける一橋派の殿様たち。将軍選びの主導権を狙う意図も見えます。
騒ぎの中心は“水戸烈公”こと徳川斉昭。幕府のルールでは、定めの無い日に、江戸城に来るのは禁止。「不時登城」という立派な罪だそうです。
そして朝廷への裏工作を主導した水戸藩は、集中的に処罰されました。これで尊王攘夷運動はさらに“狂熱化”したと語られます。
――以上、“本編”で描くには厳しい情報量ですので、まとめて書きました!
私の調べは、話を進めるためのスピード重視のものですので、独断と偏見による解釈、不確かな出典による誤り等も、かなり含まれる前提でお読みください。
…あと、3回くらいで第15話「江戸動乱」をまとめたいです。今回は難しい!
Posted by SR at 22:09 | Comments(0) | 出来事編(E)
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