2020年07月09日
第12話「海軍伝習」③(“理系男子”たちの愉しみ)
こんばんは。
雨続き…油断ならない天気の中、お過ごしのことかと思います。
これが人智の及ばぬ大自然の力なのでしょうか。
“本編”では、佐賀以外にも様々な出身地を持つ人物が登場します。九州各地から全国まで、豪雨被害の続報は辛いところです。
気を取り直して、お話を続けます。
――佐賀城下。多布施にある理化学の研究所・“精錬方”(せいれんかた)。
本島藤太夫が長崎からオランダの技術書を持ち込む。
「本島さま!お越しいただかずとも、取りに伺いましたのに!」
「佐野どの。私も時おり、“精錬方”が見たくなるのだ。」
本島を出迎えたのは、もちろん佐野栄寿(常民)である。
「“蘭書”ですね!少しお見せいただいても…よかですか?」
本島は、軽く微笑む。
「思ったとおり、嬉しそうな顔をするのだな。」
「それは、もう。如何なる良書と出会えるか。楽しみにございます。」

――そのとき。ボン!ボン!…と研究所の構内に、炸裂音が響き渡る。
「いかんばい!これは、思うように飛ばん!」
久留米(福岡)出身・田中久重である。
「義父上(ちちうえ)~っ!いま一度!」
久重の養子、二代目・儀右衛門が、遠くから声を張る。
屋外の実験場で、“蒸気”で砲弾を飛ばす“新兵器”の研究中なのである。
――ボン!ボボ…ン!今度は、奇妙な音が響く。
「飛んだな!」
「はい、先ほどよりは!」
「フフフ…ワシ、儀右衛門(ぎえもん)。これを“蒸気砲”(じょうきほう)と名付く!」
「“儀右衛門”の名は、私にお譲りいただいたのでないのですか!」
相当に離れた距離。“二代目”が大声を出して、田中久重に疑問をぶつける。
「息子よ!なぜ聞こえるのだ!お主は“千里耳”でも持っておるのか!」
「いえ、何故か…義父上のお言葉が、聞こえたのです!」
――“精錬方”の実験場。田中父子の大声が飛び交う。本島が苦笑した。
「何やら愉快だな。お主が戻ってからの“精錬方”は。」
「そがんですか?」
佐野、目を丸くして聞き返す。
“鉄製大砲”製造チームのリーダーだった本島には、佐野の仲間を引き寄せる力がよく見えているようだ。
そこに京都人の科学者、中村奇輔が登場する。
「田中はん!“蒸気砲”もよろしいけど、“蒸気機関”の方はどうでっしゃろか!」

――中村は長崎でロシア艦隊の船に乗り、模型の蒸気機関車が走る姿を見せつけられている。
「試作の型は、甲・乙・丙・丁…いろいろ考えとります。急がな、あきまへん!」
中村奇輔、早く蒸気機関の“ひな型”を完成させたいのだ。
技術開発で後れを取ることは許しがたい…中村は、どんどん佐賀藩寄りの人物になってきていた。
研究熱心のあまり、やや趣味の領域に走っている田中父子に、試作を急かす。
「今日も、賑やかやな…」
石黒寛次は、今日も“精錬方”の皆の声を耳にしながら、小屋に籠って翻訳に打ち込む。
この研究所の騒々しさには慣れた。もはや故郷の舞鶴で、海鳥の鳴き声を聞くようなものだ。
――何かに気付いたらしく、本島がここで、はたと手を打った。
「おお、佐野どの!大事な件を申し忘れるところであった!」
本島が“精錬方”に来た、もう1つの用件。
幕府が、長崎で「海軍伝習」を行うことを決したのである。
幕府は、長崎警備の実績があり、蘭学が盛んな佐賀からの「伝習生の応募」にも期待し、誘いをかけていた。
――先だって、殿・鍋島直正から、この話を聞いた本島藤太夫。
「それは良き折にございます。ぜひ“蘭学寮”からも若き者たちを…」
直正、笑みを浮かべ、こう言い放った。
「老いも若きも!と言うべきであろうな。」
本島は、直正の思惑を理解した。殿は、長崎での伝習に、送れる限りの家来を派遣しようとしている…と。
――本島は、念のため言葉にして直正の様子を伺う。
「しからば私も、長崎に参るのですね。」。
「うむ。」
殿・直正が、実に軽くうなずく。
その表情は「無論だ。尋ねるまでもあるまい」と語っているようだ。
「本島。其の方は“製砲”、佐野は“造船”の修練を積むと良かろうな。」
直正もまた、見るからに上機嫌で楽しそうであった。
(続く)
雨続き…油断ならない天気の中、お過ごしのことかと思います。
これが人智の及ばぬ大自然の力なのでしょうか。
“本編”では、佐賀以外にも様々な出身地を持つ人物が登場します。九州各地から全国まで、豪雨被害の続報は辛いところです。
気を取り直して、お話を続けます。
――佐賀城下。多布施にある理化学の研究所・“精錬方”(せいれんかた)。
本島藤太夫が長崎からオランダの技術書を持ち込む。
「本島さま!お越しいただかずとも、取りに伺いましたのに!」
「佐野どの。私も時おり、“精錬方”が見たくなるのだ。」
本島を出迎えたのは、もちろん佐野栄寿(常民)である。
「“蘭書”ですね!少しお見せいただいても…よかですか?」
本島は、軽く微笑む。
「思ったとおり、嬉しそうな顔をするのだな。」
「それは、もう。如何なる良書と出会えるか。楽しみにございます。」

――そのとき。ボン!ボン!…と研究所の構内に、炸裂音が響き渡る。
「いかんばい!これは、思うように飛ばん!」
久留米(福岡)出身・田中久重である。
「義父上(ちちうえ)~っ!いま一度!」
久重の養子、二代目・儀右衛門が、遠くから声を張る。
屋外の実験場で、“蒸気”で砲弾を飛ばす“新兵器”の研究中なのである。
――ボン!ボボ…ン!今度は、奇妙な音が響く。
「飛んだな!」
「はい、先ほどよりは!」
「フフフ…ワシ、儀右衛門(ぎえもん)。これを“蒸気砲”(じょうきほう)と名付く!」
「“儀右衛門”の名は、私にお譲りいただいたのでないのですか!」
相当に離れた距離。“二代目”が大声を出して、田中久重に疑問をぶつける。
「息子よ!なぜ聞こえるのだ!お主は“千里耳”でも持っておるのか!」
「いえ、何故か…義父上のお言葉が、聞こえたのです!」
――“精錬方”の実験場。田中父子の大声が飛び交う。本島が苦笑した。
「何やら愉快だな。お主が戻ってからの“精錬方”は。」
「そがんですか?」
佐野、目を丸くして聞き返す。
“鉄製大砲”製造チームのリーダーだった本島には、佐野の仲間を引き寄せる力がよく見えているようだ。
そこに京都人の科学者、中村奇輔が登場する。
「田中はん!“蒸気砲”もよろしいけど、“蒸気機関”の方はどうでっしゃろか!」
――中村は長崎でロシア艦隊の船に乗り、模型の蒸気機関車が走る姿を見せつけられている。
「試作の型は、甲・乙・丙・丁…いろいろ考えとります。急がな、あきまへん!」
中村奇輔、早く蒸気機関の“ひな型”を完成させたいのだ。
技術開発で後れを取ることは許しがたい…中村は、どんどん佐賀藩寄りの人物になってきていた。
研究熱心のあまり、やや趣味の領域に走っている田中父子に、試作を急かす。
「今日も、賑やかやな…」
石黒寛次は、今日も“精錬方”の皆の声を耳にしながら、小屋に籠って翻訳に打ち込む。
この研究所の騒々しさには慣れた。もはや故郷の舞鶴で、海鳥の鳴き声を聞くようなものだ。
――何かに気付いたらしく、本島がここで、はたと手を打った。
「おお、佐野どの!大事な件を申し忘れるところであった!」
本島が“精錬方”に来た、もう1つの用件。
幕府が、長崎で「海軍伝習」を行うことを決したのである。
幕府は、長崎警備の実績があり、蘭学が盛んな佐賀からの「伝習生の応募」にも期待し、誘いをかけていた。
――先だって、殿・鍋島直正から、この話を聞いた本島藤太夫。
「それは良き折にございます。ぜひ“蘭学寮”からも若き者たちを…」
直正、笑みを浮かべ、こう言い放った。
「老いも若きも!と言うべきであろうな。」
本島は、直正の思惑を理解した。殿は、長崎での伝習に、送れる限りの家来を派遣しようとしている…と。
――本島は、念のため言葉にして直正の様子を伺う。
「しからば私も、長崎に参るのですね。」。
「うむ。」
殿・直正が、実に軽くうなずく。
その表情は「無論だ。尋ねるまでもあるまい」と語っているようだ。
「本島。其の方は“製砲”、佐野は“造船”の修練を積むと良かろうな。」
直正もまた、見るからに上機嫌で楽しそうであった。
(続く)
Posted by SR at 21:43 | Comments(0) | 第12話「海軍伝習」
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。