2020年02月29日

第5話「藩校立志」③

こんばんは。

1844年には、鎖国を続ける江戸幕府に対して「オランダ国王の開国勧告」がありました。

当時のオランダは、長崎出島を通じて、日本国内と唯一つながっていた西洋の国。いわば「開国のススメ」を携えて、オランダの軍船「パレンバン号」がやって来ます。

――佐賀城。鍋島直正に貴重な知らせがあった。

直正が、やや細い目を見開く。
オランダ軍船長崎に参ると聞いたぞ!」

「ははっ!確かな知らせのようです。」
火術方”での研究だけでなく、長崎砲台も整備する本島藤太夫が答える。

「何とか見聞してみたいものだ。」
直正は思案し始めた。

――直正は、今までにも“オランダ商人の船”にはよく乗り込んでいる。

しかし、さすがの直正にも、西洋軍船を間近で見る機会はなかった。千載一遇好機の到来である。


――その頃、佐賀藩士たちが城内・城下で慌ただしく長崎行きの準備をする。

「第二陣の武器の支度は整ったか!」

「この荷は、もう長崎に運んでも良いのだな!」
「そこの一山、あわせて三十箱は運び出しても良うござる!」

「第二陣の出立は、明日の何刻(なんどき)じゃ!」
が揃ってからの出立ゆえ、辰の刻(午前8時頃)になるかと!」

「少し遅いな…やむを得ぬか…」
輸送費のほか、宿営費も気になっている佐賀藩である。できるだけ節約したい。長崎警護には、とにかくお金がかかるのだ。


――多数の改革プロジェクトを管理し、非常に忙しい直正

しかし、長崎には行きたい。特に軍船は絶対に見学したい。
「此度は軍船まで来ておる。公儀(幕府)から、くれぐれも無事警備を務めるよう、お達しがあった。」

直正は、守旧派の重臣たちを、先に抑えておく。
「それゆえ、が自ら長崎に足を運ぶ、何度でもじゃ!」
「ははっ…!?」

「“フェートン号”の失態を繰り返すことはできぬ。」
「…殿自らお出ましなさらずとも…」
直正予測どおり、やはり行動を封じようとしてくる。

「その油断いかんのだ自ら陣の先頭に立ち、たちを鼓舞する。これが公儀(幕府)への忠節である!」
直正の本音は“オランダ軍船を見たい!”なのだが、表向き理由しっかりと述べておく。

――そして、次は長崎奉行所である。
第5話「藩校立志」③
オランダ軍船パレンバン号”は既に長崎入港している。
商船とは違い、威圧感のある船影が見える。

「あれがオランダ軍船か…。いま手の届くところにおるのだ、このは逃さん!必ず学んでおくぞ!」
すっかり“武雄の義兄上”鍋島茂義気質を引き継いでしまった直正

――長崎奉行所内が慌ただしくなる。

肥前守(鍋島直正)さまが、自らお越しです!」

面食らう長崎奉行
「なにゆえか!これで何度目だ!肥前様はおヒマなのか!?」

――鍋島直正は警護の陣頭に立つとして、この年は長崎に5回も足を運んだ。

長崎守護する者としては、異国船を知るが肝要。」

オランダ国は我が国と誼(よしみ)を通じておるゆえ、この機を逃す手はない。」

――直正は、これからの長崎の防衛のためだと奉行所を説得する。

肥前佐賀(三十五万石)の大名鍋島直正。「オランダ軍船、見に行って良いか」と全力のお願いである。

対する長崎奉行所としては「異国軍船大名が乗り込むなど、前例がないゆえ無理でござる」で返したいところである。

結果、“殿のお願い”は認められた。

オランダ国王」から”開国”を勧められるほど、日本近海の情勢は危うい。
長崎警護負担も含め、佐賀藩の事情は、一応は幕府にも理解されたのである。

(続く)




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Posted by SR at 22:53 | Comments(0) | 第5話「藩校立志」
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